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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)541号 判決 1990年6月19日

原告(反訴被告) 甲野太郎こと 甲山春夫

右訴訟代理人弁護士 藤田裕一

被告(反訴原告) 乙山花子

右訴訟代理人弁護士 木村治子

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金六〇〇万円及びこれに対する昭和六二年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)のその余の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴・反訴を通じてこれを五分し、その三を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)の各負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の請求

一  本訴請求

原告(反訴被告。以下「原告」という)が、被告(反訴原告。以下「被告」という)に対し、原告と被告の昭和六〇年七月一七日付離婚に関し、何らの債務を負担していないことを確認する。

二  反訴請求

原告は、被告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  原告と被告は、ともに日本国において生まれ育ち、日本国に永住権を有する在日の大韓民国(以下「韓国」という)人であり、昭和三六年五月九日結婚式を挙げ、昭和五二年一月一七日韓国戸籍に婚姻の届出をした夫婦であったが、昭和六〇年七月一七日離婚した。

2  右離婚の原因は、被告の浪費に基づき、原告が「戊田シューズ」の屋号で経営していた婦人靴製造事業(以下「戊田シューズ」という)が昭和六〇年六月一八日倒産し、夫婦関係が破綻したためであるから、離婚の責任は専ら被告にあり、したがって、原告は被告に対し、右離婚に関して何らの債務を負担していない。

3  しかるに、被告は、右離婚に関して、原告に対し慰謝料請求権を有していると主張している。

4  よって、原告は被告に対し、原告が右離婚に関して何らの債務を負担していないことの確認を求める。

二  本訴請求原因に対する答弁

1  本訴請求原因1、3の各事実は認める。

2  同2の事実中、戊田シューズが原告主張の日に倒産したことは認めるが、その余の事実は否認する。戊田シューズが倒産したのは、原告が経営を疎かにしたからである。ちなみに、原告は、昭和四八年にゴルフを始め、同五四年にはハンディが五、同五七年一〇月にはゴルフクラブのクラブチャンピオンとなってハンディが四となるほどのゴルフ三昧に耽り、夜間は三宮の歓楽街で遊び回り、毎月の遊興費は多い月で一〇〇万円、少ない月で五〇万円にもなるという有様であった。原告と被告の夫婦関係が破綻したのは、反訴請求原因2記載のとおり、専ら原告にその責任がある。

三  反訴請求原因

1  原告と被告は、昭和三六年五月九日結婚式を挙げ、昭和五二年一月一七日韓国戸籍に婚姻の届出をした夫婦であった。原告と被告の間に、昭和三七年三月一日長男一郎が、同四〇年二月一一日長女春子が、同四三年一一月一九日二女夏子が、同四四年一二月七日二男二郎がそれぞれ出生した。

原告と被告は、昭和六〇年七月一七日離婚し、被告は、肩書住所で子供達四人と生活している。

2  原告と被告の婚姻生活が破綻し、離婚するのやむなきに至ったことについては、次のとおり、専ら原告にその責任がある。

① 原告は、昭和五九年一〇月頃から在韓の韓国人訴外丙川秋子(以下「丙川」という)という女性と愛人関係となった。

② そのため、原告は、妻たる被告や、子供達の生活を顧みなかったばかりか、開業当初から被告も身を粉にして働いて協力してきた「戊田シューズ」の経営も疎かにし、昭和六〇年六月一八日右事業を倒産せしめた。

③ 原告は、右倒産を奇貨として、数億円に上る借財の整理と子供達の監護養育を被告に押し付けるとともに、被告に離婚を迫り、被告との離婚成立後間もなくの昭和六〇年八月一六日、丙川と婚姻した。

④ 以上により、被告の被った精神的苦痛は甚大で、これを慰謝するには金一〇〇〇万円が相当である。

3  よって、被告は原告に対し、離婚に伴う慰謝料として、金一〇〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和六二年四月二二日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  反訴請求原因に対する答弁

1  反訴請求原因1の事実と、同2の事実中、戊田シューズが被告主張の日に倒産したこと、原告が被告主張の日に丙川と婚姻したことは認める。

2  その余の反訴請求原因事実は、すべて否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  原告と被告が、ともに日本国において生まれ育ち、日本国に永住権を有する在日韓国人であり、昭和三六年五月九日結婚式を挙げ、昭和五二年一月一七日韓国戸籍に婚姻の届出をした夫婦であったこと、原告と被告の間に、昭和三七年三月一日長男一郎が、同四〇年二月一一日長女春子が、同四三年一一月一九日二女夏子が、同四四年一二月七日二男二郎がそれぞれ出生したこと、原告の経営してきた婦人靴製造事業「戊田シューズ」が昭和六〇年六月一八日倒産したこと、原告と被告の婚姻生活が破綻し、原告と被告は昭和六〇年七月一七日離婚(以下「本件離婚」という)したこと、その後、被告は、肩書住所で子供達四人と生活していること、原告は、被告との離婚後間もなくの昭和六〇年八月一六日丙川と婚姻したこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで、原告と被告の婚姻関係が破綻したことについて、原告は、被告がその浪費により戊田シューズを倒産せしめたためであると主張するのに対し、被告は、専ら原告の不貞行為と、無責任な生活態度に起因すると主張するので、以下判断する。

1  《証拠省略》を総合すると、以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

すなわち、原告は、被告と結婚して五年ほど経過した昭和四一年五月、婦人靴製造事業「戊田シューズ」を始めたが、一年半ほどしてブーツが流行し、月商三〇〇〇ないし四〇〇〇万円の売上げをあげるようになり、昭和四四年から五四年にかけては、年商四億円以上の売上げを記録するほどになり、従業員も一時は三〇人を超えるほどであった(昭和五〇年頃がピークで、年商は五億円を超えた)。なお、被告も、事業開始後三か月くらいから幼い子供を人に預けて原告の事業を手伝うようになり、原告ともども朝から夜まで一所懸命に働いた(なお、被告は、数年後から経理を担当するようになった)。

そのため、原告は、昭和四三年二月九日神戸市須磨区《番地省略》に自宅を、同四八年三月神戸市須磨区《番地省略》に宅地を、同五三年三月神戸市長田区《番地省略》に土地建物をそれぞれ購入し、同五四年九月には、二億円をかけて神戸市長田区《番地省略》に敷地一〇〇坪、建坪三二〇坪の四階建ビル(以下「甲野ビル」という)を所有するまでに至った。

ところで、甲野ビル建設に当たっての資金は、被告が毎月の生活費の中から一五年かかってこつこつとためた定期預金四三〇八万円と、被告が頼母子講によって得た一八〇〇万円を提供したほかは、淡路信用金庫から一億四〇〇〇万円の借入れをしてこれを賄った。同金庫に対する返済額は、毎月、元金八〇万円、利息一二〇万円、合計二〇〇万円にも及んだが、当初の見込みでは、甲野ビルのテナントから賃料収入が一六〇万円上がる予定であり、戊田シューズが同ビルに入居することによって従前の家賃三〇万円が浮くことを考慮すると、十分返済していけるはずであった。

しかしながら、テナントが思うように集まらなかった(ビルの二ないし三階は一一か月間も賃料収入が得られなかった)ことと、昭和五五年株式会社甲本の一五〇〇万円、同五六年三月乙林シューズの一〇〇〇万円、同五七年五月株式会社丙村商事の六五〇万円と、相次いで取引先の手形不渡事故に遭遇し、資金繰りが極端に苦しくなり、おまけに取引先の倒産等により売上が減少し始めたため、いくつかの金融機関並びに被告の弟訴外丁原松夫こと丁野竹夫(丁沢商店の屋号で婦人靴資材の販売業を営む・以下「丁原」という)や知人からの借入れ額が増大の一途をたどり、昭和五七年一〇月末日現在の負債は、金融機関からのものだけで三億九〇八五万五一五一円に及んだ(その明細は、別表1「金融機関からの債務一覧表」の昭和五七年一〇月三〇日の欄参照)。

そのため、原告は、昭和五七年一一月一七日、甲野ビルを二億一〇〇〇万円で売却したが、それでも、なお、二億一三二五万六六四七円の金融機関からの負債が残った。そして、依然として、毎月支払いを要する金額は相当の多額に上った。ちなみに、昭和五七年一二月から翌五八年五月までの毎月必須の支払い額を見てみるに、別表2「甲野ビル売却後6か月間の現金支払い明細書」記載のとおり、同年一二月は二五四三万円、翌五八年一月は一三〇九万円、同年二月は一二四八万円、同年三月は一五一六万円、同年四月は一五〇九万円、同年五月は一五〇九万円(いずれも端数切捨て・なお、兵庫信用金庫に対する返済額は、調査嘱託に対する回答が得られなかったので、これを加えていない)という具合に毎月多額の返済をしなければならなかった。しかるに、肝心の売上が減少の傾向にあり、戊田シューズの営業状態は、まさに火の車であった。そして、昭和五八年八月株式会社戊川の二三〇〇万円の不渡事故を経由し、ついに昭和六〇年六月一八日、戊田シューズは、約三億円の負債(金融機関からの負債は一億五六九八万五二五三円)を抱えて倒産した。ちなみに、昭和五五年三月から倒産時点までの金融機関からの負債の明細は、別表1「金融機関からの債務一覧表」記載のとおりである。

ところで、原告は、戊田シューズが倒産したのは、被告が浪費をしたからであると主張するので、昭和五五年一〇月から原告と被告が離婚した同六〇年七月までの五八か月間の、株式会社そごう及び株式会社ジェーシービーの各カードを利用してなされた買い物の状況を見てみるに、総合計は二五五〇万九二八三円であり、一か月当たり四三万九八一五円であるから、当時の国民の一般的生活水準から見れば、買い物にかなりの出費をしていたといえる。しかしながら、その内訳を見るに、原告個人のための出費が八五三万五三七七円で一番多く、被告個人のための出費六六〇万二四〇〇円、子供達のための出費四四四万四四〇〇円、戊田シューズのための出費三四〇万四〇九四円、家族全体のための出費二五二万三〇一二円をいずれも上回っている。そして、原告個人のための出費の殆どは、原告自らが被告と同行して紳士服等を買い求めたことによるものである。のみならず、右の各出費額は、前示戊田シューズの大きな資金繰りの全体の流れから見れば、極めて小さな割合を占めるに過ぎず、これが出費が戊田シューズの倒産の原因であるというのは、全く当たらない。

むしろ、あえて戊田シューズの倒産の原因に人的要因を求めるとするならば、それは原告の方にこそ問題があったものというべきである。すなわち、原告は、戊田シューズが軌道に乗ってからは、多くの時間を遊びに費やし、昭和四七年八月ゴルフを始め、わずか一〇年後の同五七年一〇月にはハンディが四、クラブチャンピオンになるほどにゴルフにうち興じ、またアルコールはだめであったが、三宮のクラブやバーで毎晩のようにホステスに囲まれて過ごし、その支払い代金は年間五〇〇ないし六〇〇万円にも上るほどであった。あまつさえ、原告は、昭和五九年一〇月、相続問題のため祖国の韓国に行った際、丙川という女性を知った。そして、丙川と急速に親しくなり、同年一一月以降も毎月渡韓して同女に会い、また韓国への直通電話を架設し、同女との国際通話も頻繁に掛けるようになった。しかるに、昭和六〇年一月、原告が東京へ出張すると被告に偽って出かけた際に、東京の取引先から連絡があったため、東京出張が嘘と分かり、また丙川からのラブレターが来たりしたため、原告の不貞が被告の知るところとなった。そして、同年三月二五日、戊田シューズが火の車である状況下において、原告が、事業用のために被告の弟の丁原に割ってもらった二〇〇万円の手形の割引金を持って渡韓したことが明らかとなり、被告は、いたたまれなくなり、同年四月、原告に対し離婚届用紙への署名を求めて原告の署名をもらったが、母親や丁原らに説得されて、その提出を思い止まった。

しかしながら、昭和六〇年六月一八日、戊田シューズが倒産するに及んで、逆に原告は被告に対し離婚を迫り、前示のとおり、被告自身も離婚やむなしという気持ちがあったためこれに応じ、同年七月一七日離婚の届出がなされた。原告と被告との、長男一郎(当時二三才)、長女春子(当時二〇才)、二女夏子(当時一六才)、二男二郎(当時一五才)の四人の子供は、いずれも被告が引き取って養育してきた。

そして、原告は、被告との離婚直後の昭和六〇年八月一六日、丙川と婚姻したが、被告との間で、離婚に伴う財産分与・慰謝料の支払い等は、全くなされていないままである。

以上の事実が認められる。

2  右認定の事実によれば、戊田シューズが被告の浪費によって倒産したという原告の主張は、理由のないことが明らかである。そして、本件離婚の原因は、原告の不貞にある、といわなければならない。

三  そこで、原告の被告に対する、本件離婚によって被告が被った精神的苦痛を慰謝すべき義務の有無とその内容につき判断するが、まず、準拠法について検討する。

離婚によって相手方が被った損害を賠償すべきか否かの問題は、離婚の効力に関する問題であるから、法例(平成元年法律第二七号による改正前のもの・以下同じ)一六条により、夫たる原告の本国法である韓国民法が準拠法となるが、韓国民法八四三条、八〇六条によれば、裁判上の離婚の場合には、過失ある当事者は、相手方に対し、離婚による精神的苦痛を賠償すべき旨規定されているが、協議上の離婚についてはそのような規定がなく、韓国民法上は、協議上の離婚の場合には、離婚による慰謝料支払い義務を認めないものと解される。(なお、付言するに、韓国民法上は、離婚に伴う財産分与の規定もないから、財産分与も認められていないと解される。)

したがって、韓国民法を適用する限り、被告の原告に対する慰謝料請求は理由がないことになるが、前示のとおり、原告と被告は、ともに日本国において生まれ育ち、日本国に永住権を持ち、日本国内に住所を持ち、原告と被告との結婚生活もすべて日本国内で行なわれてきたことを考えると、本件離婚に伴う財産上の給付を一切認めないということは、我が国における公の秩序、善良の風俗に反する結果になるものというべきであり、本件については、法例三〇条により、夫の本国法である韓国民法の適用を排斥し、日本国民法を適用するのが相当である。

四  そうすると、前認定の事実によれば、原告が、本件離婚によって被告の被った精神的苦痛を慰謝すべき義務のあることは明らかであり、その賠償額は、前認定の事実及び本件に現れた一切の諸事情を総合考慮すると、金六〇〇万円をもって相当とする。

五  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は、金六〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和六二年四月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからその限りでこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

<以下省略>

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